2015年03月04日

夫婦別姓について考える

こんにちは!
早いものでもう3月かわいいですね!
徐々にではありますが暖かくなってきて、春の足取り足を感じる(気がする)今日この頃です(笑)


全く新しいニュース、というわけではありませんが、先月末新聞を見ていて気になった記事があったので、シェア出来たらと思います。

夫婦別姓についての問題です。


明治以降、日本ではずっと結婚した夫婦は同姓を名乗ることで家族や氏族の絆を深めてきました。

それを夫婦別姓もOKにしようという動きがあるのです。

確かに一般的には女性(婿養子の場合には男性)が結婚して姓が変わることになるわけですが、ハンコや様々書類など色々と作り替えたり手続きしないといけないのは煩雑かもしれません。

逆にそれを通して結婚した実感を持てる、ということもあるように思いますが。


海外ではどうかというと、欧米諸国では、同姓、複合姓、別姓の選択が可能である国が多く、お隣の韓国を始めアジア諸国では別姓を取っている国が多いように感じます。

調べてみたところ、日本のように同姓を原則として定めている国は、以前はドイツやタイがそうだったようですが、現在は法改正によって選べるようになったため、実質ほぼ日本だけのようです。



記事には世論調査の結果も示されていましたが、興味深いのは、夫婦別姓の認可を訴える人もいる一方で、あまり賛同的でない人の割合は年々増えているということです。

更には、夫婦別姓を認めても良いと思っている人の半分は、認めても良いが自分は希望しない、という立場を取っていることも書かれていました。


ここで懸念される一番の問題は、夫婦別姓導入による子どもたちへの影響でしょう。
多くの人々は、夫婦別姓を認めることは子どもたちに何らかの悪影響があると考えています。

特に、仮に子どもたちは父母のどちらの姓も選べる、ともなればどうなってしまうでしょうか。。。


もちろん、姓が変わることで仕事上なとで不都合があったり、少し寂しい感じがしたりすることもあるかもしれませんが、前者は通称で旧姓を使えるようにすれば解決出来るのではないかと思います。

戸籍上においても、選択制にしていまうのは、それ以上の弊害がありそうな気がしてなりません。


よく、田舎の方にいくと、同じ苗字の家が多く固まっていて、実際、皆親戚同士の場合が多く、凄く一体感と感じます。
また自分と同じ苗字の人と会うと、全く知らない人でも何だか親しみが湧く、という感覚がわかる方も多いのではないでしょうか。
そういった氏族文化というのか、家族や親戚の一体感を私たちは近代において築いてきたのではないかと思います。

たかが苗字。かもしれませんが、その背景には色々な歴史があります。

日本だけが夫婦同姓を貫いている、と聞くと、考え方がもう古いのではないかとか、固執する必要はないのでは、という意見も出てくるとは思いますが、ただでさえ核家族化であったり、家族内での交流が薄れがちになっている現代において夫婦別姓を導入することは、更なる家庭崩壊を助長するリスクが高いように感じてならないのですが、皆さんはどのように感じるでしょうか。

(Emma)

※これはあくまでも個人的な見解から書かれたものであり、W-CARP Japan及び慶成CARPとしての公式的なものではありません。
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2015年02月11日

紛争と兄弟対立

お久しぶりです!Emmaです。
大学生は期末試験も終わって、春休みモードといったところでしょうか。


私はというと、最近のニュースに非常に心を傷めております…TT
先日のISISによる後藤さん、ヨルダンのパイロットの方の殺害の映像は世界中を震撼させましたし、国内に於いても暗いニュースが多いですよね。。


残虐な手段をも厭わないISISのやり方は決して容認されるものではありませんが、彼等も本質的には私たちと寸分違わない人間であり、彼等なりの"正義"や"平和"を勝ち取るために闘っているのかと思うと複雑な気持ちになります。

歴史上も今も様々な宗教紛争民族紛争がありましたが、元々は一つであったはずのものが分裂し、互いに憎み合って対立しているというのはどれほど悲しいことでしょうか。。


相当前の話ですが、子ども向けのニュース番組で戦争の解説の際、小学生?のキャスターが「子どもの喧嘩だね。」とコメントして窘められていましたが、言葉が足らないだけである意味間違ってはないのかなと感じます。

血を分けたはずの兄弟が啀み合い、争っているという点では、宗教・民族紛争も次元こそ違えど、なんら変わりありません。

すぐに解決の道が開かれるような単純な問題ではないと思いますが、同じように平和や統一を願うなら、時間は多少掛かってでも血を流さず、地道な歩み寄りによる方法を取って欲しいと願わざるを得ません。
その実現のためには利害関係のない、第三者の存在も必要になるのではと思いますが…


兎も角、ISISの問題に於いては日本人に限らず、これ以上犠牲が出ないことを祈るばかりです。。。


※これはあくまでも個人的な
見解でありW-CARP Japan及び慶成CARPとしての公式的な
ものではありません。
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2015年01月31日

思考

こんにちは!あけましておめでとうございます^^
更新が滞ってしまい、申し訳ありません(汗)
新年お初!なジニーです❀

今まで大学関係でいろいろと書いていたので、今回はいつもとちょっと違うことをば^^
インターネットでおもしろい話が載っていたので、それをもとに考えていきます。


みなさんは「Google Science Fair」というものをご存知ですか??
これは、オンラインの科学コンテストと言われ、13~18歳であれば誰でもエントリーできます。

ふとした思いつきがどんどんふくらんで、1つの大きなアイデアになる。
このアイデアをエントリーしていくんです。
必要なのは、そうアイデアだけexclamation×2

google-science-fair.png
(https://www.googlesciencefair.com/)

実際にこのページを開いてみるとおもしろいんです。
世界中の子供たちがあっと驚くアイデアを投稿しています。
人間の想像力の大きさは計り知れないですねぴかぴか(新しい)

この中で私が気になったものを紹介しますひらめき

今、学校におけるいじめが問題になっていますよね。
中でも特に、このインターネットが発達した「ネット社会」においては、SNSや掲示板などを利用したネットいじめが深刻化しています。
これは日本だけじゃなく、世界でも相当な問題になっているそうです。

こうした問題はどうしたら解決できるのでしょうか?
学校における人間関係でこうしたいじめが起こっているため、問題解決のための注目はどうしても学校などの教育の面へ向きがちなのではないでしょうか。
でもこれだけでは不十分…。
「いじめはだめ」この考えを押し付けるだけでは本当に教育することはできません。
かといってそう簡単に、いじめを許さず、個人を重んじる環境を根本から作る、というわけにもなかなかできません。

そこで、ある女の子が考えました!!!
投稿前に警告メッセージで「本当にこの書き込みを投稿するんですか?」などと表示することで、自分の投稿をいったん冷静に振り返らせ、自分の書き込みが怒りや悲しみや憎みといったネットいじめの原因になる情に流されて書いてしまうということを防ぐというのです。

「ネットいじめはオンラインでのいじめの一形態で、思春期の子どもたち(12〜18 歳)の心を傷つけ、悪影響を及ぼすことで知られています。研究によると、思春期の子どもたちは衝動的で、自分の行動の結果がどうなるかをあまり考えることなく、ソーシャル メディア サイトに人を傷つけるようなメッセージを書き込んでしまいます。これは、意思決定を司り、行動する前に考えるための前頭前皮質という脳の部位が、25 歳になるまで完全には発達しないことによるものと考えられています。このプロジェクトでは、思春期の子どもたちがソーシャル メディアに人を傷つけるようなメッセージを書き込む前に、一度立ち止まり、見直し、考え直すという再考メカニズムによってネットいじめを防止できないかを検証します。
(Google Science Fairページから引用)

…す、すごいどんっ(衝撃)
科学的根拠まである…。

要は、日常を過ごす私たちにとってはこうした問題を自分が引き起こすということは考えがたいものですが、冷静でなくなり、過度な思いに陥ってしまうと理性を通り越し、冷静に考えたりすることができず、こうした問題を引き起こしてしまうことがある、というんですね。
こういった思考の欠如は現代の諸問題の至る所に見られます。

例えば、戦争
日常生活では殺人なんて異常なことです。
外国で起こる戦争に関するニュースが流れてきては死傷者の数や現場状況を映像で見て知るたびに心が痛むばかりです。
今はイスラム国の国際社会における暴挙が波紋を呼んでいます…。
信じられないような惨劇が広がっています。

しかし、もし自分が戦争という状況下に置かれていたらどうでしょうか。
敵国の兵士や罪なき一般市民が殺されたとしても、敵国だからそこまで気にならない、なんてことも。
人類がより幸福になるための技術を生み出すために日夜研究に熱心な科学者たちも、命をより奪うための研究に没頭します。

今、この状況にあるなら考えられないようなことも、状況が変わり、思考の欠如に陥ってしまったなら異常な行動に走ってしまう可能性があるというのです。


このような思考の欠如を問題点とした思想家にハンナ・アーレントという女性がいます。

ハンナアーレント.jpg

彼女はドイツに住んでいたユダヤ人であったため、全体主義によるユダヤ人迫害によって一時身を追われますが、アメリカへ亡命することができました。
そして、自らが体験した全体主義を分析し、 また、全体主義を生み出した西欧の政治思想を考察しました。

彼女はフランス革命を
ロシア革命の人びとがフランス革命から学んでいたことは、歴史であって活動ではなかった。彼らは、歴史の偉大なドラマが自分たちに割り当てる役ならどんな役でも演じる能力を身につけていた。だから、悪役以外に役がない場合にも、ドラマの外に残されるくらいなら喜んでその役を引き受けたのである。彼らは歴史によって愚弄されたのであり、歴史の道化となったのであった。
と言って批判しています。
当時、さまざまな思想家が登場し、革命が起こり、その中で人々はそういった思潮に翻弄されて歴史は動いていきました。
そうした歴史によって彼らは動いた、のではなくて、動かされたというのです。


少し視点を変えて日本の政治を見てみると。
最近のニュースではさまざまな政党が起こっては解体し…ということがあるわけですが。
その中で「自分が何があっても絶対にここ支持する!」とういう政党がない人、無党派層が増加しています。
単に政治に無関心である、というのだけではなく、合理性よりもむしろ自分の好みで選挙のたびごとに支持する(投票する)政党を変える、という意味で「支持政党がない」という無党派層がいるという現状があります。
また、マスメディアは偏った情報を大衆に流し、世論を先導します。
そして、多数の無党派層が支持する政党もころころと変わっていくわけです。

こうした動きからも彼女の思想が垣間見えるでしょう。


こんな今、一体何が必要なのか?

考えること
周りからの情報を一方的に受け止めるのではなくて、落ち着いてよく考えることは必要!

でも…、何を基準に考えるのでしょうか??
世間?…しかし、それでは「自分の考え」ではなく、それこそ「作られた考え」、彼女の言葉を借りるなら「道化」になってしまいます。

一番大事なのは、心の軸なのではないでしょうか!!!
揺らぐことのない信念だったり、理念だったり。
揺らぎやすく、常に移り変わっていくこの社会の中でどう生き抜くか。
これを考える、というよりも正確には、求めていくことが大事だと感じましたぴかぴか(新しい)

私たち慶成CARP「為に生きる」原理(幸せは人のために生きることから生まれる)という理念を中心としています!
これからもこの「為に生きる」原理を学び、求めていくとともに、この原理で必ず世界を変えることができると信じてこれからもプロジェクト活動などがんばっていきたいと思います!!!
みなさんも一緒にこの原理を学び、世界について、自分について、探し求めてみませんか??

2015年も慶成CARPをよろしくお願いします!!!

posted by 慶成CARP at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする